平成31年3月25日/長野地方裁判所松本支部/平成26年(わ)第260号 業務上過失致死被告事件(刑事事件)

平成31年3月25日/長野地方裁判所松本支部/平成26年(わ)第260号 
業務上過失致死被告事件(刑事事件)

→ 判決全文と弁護士原口圭介のコメント(PDF)

【ケース】

准看護師が、間食としてゼリーを提供すべきところ、ドーナツを提供し、窒息→心肺停止→低酸素脳症→肺炎により死亡したケース

【結論】

罰金20万円有罪判決が下されました。

【サービス】

特養(社会福祉法人)

【利用者】

85歳。男性。
要介護4。
アルツハイマー型認知症。

【予見可能性と結果回避義務違反 その1】

まず、検察官が主位的に主張した過失被害者の動静を注視しなかったという過失)について判断しています。

なお、刑事事件でいう「過失」は、民事事件でいう「安全配慮義務違反」とほとんど同じ意味です。

まず、ドーナツ摂取による窒息の予見可能性については認められています。

(理由)
① 被害者は認知症の影響で丸飲みの傾向があった。

② 被害者は自歯がなく義歯も使用していなかった。

③ 被害者は入所前から詰め込みの傾向があった。

④ 被害者は入所後も詰め込みの傾向があった。

⑤ 被害者の入所後、被告人は介護業務を行っていた。

しかし、結果回避義務違反=「被害者の動静を注視する義務」違反については、否定されています!

(理由)
① 利用者は嚥下障害まではなく、本件事故までに誤嚥したり詰まったりしたことはなかった。

② 被告人は他の全介助者の食事介助も同時に行っており、被害者の動静を注視することは困難だった。

③ 食事介助の主体は看護師ではなく介護士であるところ、被告人は介護士から被害者の動静を注視せよという注意も受けていなかった。

④ 被害者は入所後むせたことがあり、不顕性誤嚥を特に疑う事情がなかった。

【予見可能性と結果回避義務違反 その2】

次に、検察官が予備的に主張した過失間食の形態を確認せずにドーナツを提供した過失)について判断しています。

まず、ドーナツ摂取による誤嚥、窒息での死亡の予見可能性を認めています。

(理由)
 ゼリー系の間食を提供すべき利用者に常菜系の間食(=本件ではドーナツ)を提供した場合、利用者が誤嚥、窒息により死亡することは一般的・抽象的にみて予見できる。

次に、結果回避義務違反=「利用者に提供する間食の形態を確認して、誤嚥、窒息を防止する義務違反については、認められています

(理由)
① 平成25年12月5日付チーム毎の申し送り・利用者チェック表に、「おやつきざみトロミ対応へ(変更)」との記載があった。

② 日勤の看護師は、夜勤の介護士から、申し送り・利用者チェック表に基づいて、各利用者の健康状態について報告を受けていた。

③ 被告人は、平成25年12月4日に遅番で介護業務に入った後、本件事故のあった12日まで8日間介護業務に入っていなかった

そうであるならば、介護業務に入っていなかった間に間食形態の変更がありえる以上、被告人は、申し送り・利用者チェック表を確認したり、介護士に確認したりすべきであった。

【ポイント】

① 裁判所は、被害者の動静を注視する義務までは認めませんでした。

注視までは要求のレベルとして高すぎるという判断だと思います。

② 裁判所は、有罪判決を下したものの、情状酌量の事情として次の点をあげ、被告人にすべての責任があるとはいえないと判断しています。

・間食形態の変更は、介護業務の主体である介護士が注意喚起すべき。

・間食の形態を容易に確認できる職場の体制になっていなかったことも問題。

これも妥当な判断だと思います。

【教訓】

① 介護事故の場合でも、現場の職員が刑事責任を問われることがありえることを示す事例です。

② 本件では准看護師という看護職が介護業務を行っていたケースですが、そのこと自体は問題にされていません。

人員体制上、看護職が看護業務と介護業務を兼務することはやむを得ないことと思います。

③ 本件は、基本的には、当該看護師が、間食形態の変更の確認をしなかったことは問題でした。

④ しかし、判決も指摘していますが、事業者としてもやるべきことはあったと思います。

それは、配膳すべき間食の形態を容易に確認できるシステムを整えておくことでした。

具体的には、主食や副食のみならず、間食においても、利用者の健康状態や食事に関する指示した記載した食札を利用することなどが考えられると思います。