介護事故対応の流れ
目次
【ケース】
利用者さんが食事中、1人で手を洗いに行こうとして歩行した際に、転倒してしまいました。
病院に連れて行ったところ、右大腿骨を骨折していることがわかりました。
今後、どのような対応が必要になるのでしょうか。
【介護事故対応の流れ】
転倒などの介護事故が起こったら、以下のような流れで対応するのが通常です。
ポイントは、訴訟を見据えつつもできる限り訴訟を回避することです。
1 救急の対応
転倒・誤嚥などの介護事故に遭われた利用者の顔色や体調を注意深く観察します。
異常があるようであれば、すぐに救急搬送の手配などの必要な措置をすべきです。
指定介護老人福祉施設は、(省略)サービスの提供により事故が発生した場合は、速やかに市町村、入所者の家族等に連絡を行うとともに、必要な措置を講じなければならない。
指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準第35条第2項(他のサービスも同じ)
【弁護士からみたポイント】
本当は骨折していたのに、それを見抜けず、救急搬送のタイミングが遅れてしまうことは実際にはよくあることと思います。
しかし、そのことによるリスクは以下のようなものが考えられます。
① 家族の感情を悪化させてしまう
家族からすれば、「どうしてすぐに病院に連れて行ってくれなかったんですか!」となりがちです。救急搬送のタイミングの遅れが、家族の気持ちを訴訟の方へ向かわせてしまうリスクがあります。
② 訴訟になったとき結果回避義務違反が認められてしまう
特に誤嚥事故の場合などでは、もう少し早く救急搬送していれば命が助かっていたのにその義務を怠って救急搬送せずその結果死亡した、ということがありえます。
そうなると、いわゆる結果回避義務違反が認められてしまって、損害賠償責任が認められてしまうリスクがあります。
③ 訴訟になったとき慰謝料が増額されてしまう
救急搬送のタイミングが遅れたことで利用者・家族の精神的苦痛が増大したということで、慰謝料の額が増額されてしまうリスクがあります。
以上のようなリスクから、介護事故に遭われた利用者の顔色や体調は注意深く観察し、必要に応じて救急搬送の手配をすべきです。
事故直後は、一見異常がないように見えても、特に利用者が認知症の場合には、単に痛みを表現できないだけ、というケースがあります。
よって、事故後、利用者の様子は、一定時間、継続して、注意深く観察する必要があります。
2 市町村、家族、ケアマネージャー、主治医などへの報告
次に、事業者は、市町村、家族、ケアマネージャー、主治医などへ事故を報告する必要があります。
指定介護老人福祉施設は、(省略)サービスの提供により事故が発生した場合は、速やかに市町村、入所者の家族等に連絡を行うとともに、必要な措置を講じなければならない。
指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準第35条第2項 (他のサービスも同じ)
【弁護士からみたポイント】
ここでのポイントは、道義的責任としての謝罪です。
家族へ報告するときは、まず、大切なご家族にご迷惑をおかけしてしまい、「申し訳ありませんでした」という謝罪の気持ちを伝えることです。
ここで、「私どもは注意していたのですが・・・」などと弁解めいた態度で報告してしまうと、家族の逆鱗に触れてしまいます。
そして、家族の逆鱗に触れてしまうと、家族の気持ちを、訴訟の方へ向かわせてしまいます。
まずは、自然な感情として、お預かりしたご家族にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした、と率直に伝えるべきです。
ここで、いったん謝罪してしまうと、損害賠償などの法的責任を負わされるのではないかとも思われます。
しかし、法的責任と道義的責任は別のものです。
法的責任は、事業者としてなすべきことをしていたか、という点のみで決まります。
謝罪したからといって法的責任が認められることにはなりません。
ですので、まずは、道義的責任としての謝罪をすべきと考えます。
逆に、あくまで道義的責任としての謝罪ですので、この段階で治療費や慰謝料のことについて触れるべきでありません。
3 調査と法的責任の検討
つぎに、担当の介護職員や、事故を目撃した職員、他の利用者などの関係者へ事実関係のヒアリング調査などを行います。
そして、事故の状況、原因などを検討し、事業者に法的責任があるかどうかを検討します。
【弁護士からみたポイント】
法的責任があるかどうかの検討とは、究極的には、訴訟になったときに勝つか負けるかの見込みを検討する、ということです。
訴訟になったとき勝つ可能性が高いのか、負ける可能性が高いのかによって、その後の対応は変わってきます。
たとえば、謝罪のあり方も変わってきますし、訴訟になる前の示談の段階でどの程度の金額を提示できるかも変わってきます。
よって、法的責任があるかどうかの検討は大変重要になります。
もっとも、この検討を行うには、当然、訴訟になったときどうなるのかという視点が必要になります。
具体的には、安全配慮義務違反があったか、すなわち、事故についての予見可能性があったか、結果回避義務を果たしたか、という法的な視点が必要になります。
そして、このような法的な視点で、事故を検討できるのは、弁護士しかいません。
そこで、遅くとも調査と法的責任の検討を行うこの段階から、弁護士を入れるべきと考えます。
弁護士を入れて、弁護士が直接、関係者へのヒアリング調査などを行って、法的責任を検討すべきです。
そうなると、この段階で初めて弁護士を探していたのでは遅いということになります。
そこで、顧問弁護士と契約を結んでおいて、事故があったらすぐに顧問弁護士が対応するということがとても有用だと考えています。
4 記録化
関係者へのヒアリング調査などを行ったら、それを記録化することになります。
指定介護老人福祉施設は、(省略)事故の状況及び事故に際して採った処置について記録しなければならない。
指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準第35条第3項 (他のサービスも同じ)
【弁護士からみたポイント】
事業所内部向けの事故記録とともに、市町村へ提出する事故報告書などがあると思います。
これらはすべて事後に訴訟で重要な証拠となります。
そこで、事後に裁判所が見ることを前提に記載する必要があります。
たとえば、その利用者はどのようなときに転倒リスクがあったのか、そして、職員はどのような注意をしていたのかなどを、具体的に記載する必要があります。
ここで、職員がなすべき注意をしていたならば、それは訴訟で有利な証拠になりますので、具体的に記載しておく必要があります。
たとえば、「歩行に少し不安がある利用者が食堂の椅子から立って洗面所へ向かおうとした。そこで、それを見ていた職員は、利用者の左側に立ち、左手で利用者の左手を握り、また、右手を利用者の脇に差し込んで、利用者に寄り添いながら利用者のペースでゆっくりと洗面所へ向かった。」
という具合です。
また、特に重要なポイントは、内部向けの事故記録と外部向け(市町村向け)の事故報告書の両方に記載しておく必要があります。
訴訟においては記載がないものは、なかったものとして理解される可能性があるからです。
このように訴訟を見据えたうえで記録することが必要になるため、この段階もやはり弁護士を入れて行うべきです。
なお、記録は文字だけでなく、写真でもすることができます。
そこで、職員の記憶が鮮明なうちに、事故状況の再現写真を撮っておくべきでしょう。
再現写真とは、事故の後、現場において、「利用者」「職員」などの配役を割り振って、事故状況を再現し、それを写真に撮っておくものです。
そうすれば、重要な証拠として後の訴訟に備えることができます。
5 家族への説明・謝罪
初動で家族に報告した後、再度、家族へ事故状況の説明や謝罪を行います。
【弁護士からみたポイント】
ここでのポイントは、家族の感情へ最大限配慮するということです。
もし、事業者に法的責任があることがほとんど明らかなのであれば、それを前提にして謝罪したほうがよい場合が多いです。
職員に不注意があったことが明らかなのに、それをごまかそうとすると逆に誠実さを疑われ、訴訟へ発展してしまうリスクがあります。
家族は、誠実な説明と、誠実な謝罪を求めています。
訴訟になるかどうかは金銭の問題ではない場合が多いです。
この点に十分注意して家族対応を行うべきです。
なお、必要に応じて家族への説明と謝罪のリハーサルを事前に行うなどの工夫も考えられるところです。
6 示談(話し合いによる解決)
介護事故の解決として、金銭を支払うべきか、支払うとしていくら支払うべきか、事業者側と利用者側で話し合い、合意します。
【弁護士からみたポイント】
法的責任があることが明らかであれば、それを前提としたある程度の金銭を支払って、できる限り訴訟にせず示談で終わらせるべきです。
訴訟になったときの時間・労力、精神的負担は、事業者にとって大きな損失となってしまうからです。
逆に、法的責任がないことが明らかであれば、それを前提とした見舞金程度の金銭を支払って、示談で終わらせるべきです。
もっとも、いずれにせよ、加入している保険会社が訴訟前の示談の段階で、いくら出してくれるかという点が方針を大きく左右するでしょう。
訴訟されれば負ける可能性が高ければ、保険会社も、示談の段階である程度の金額を認めてくれるでしょう。
逆に、訴訟されても負けなことが明らかであれば、保険会社は見舞金程度の金額しか認めてくれないでしょう。
事業者としては、訴訟になったとき、予見可能性と結果回避義務違反がどのように判断されるかを読み切って、示談段階で、保険会社と交渉することも必要になってきます。
そして、このような交渉は、専門知識のある弁護士でなければかなり難しいと思います。
そうすると、やはり、顧問弁護士と契約を結んでおいて、保険会社との交渉は顧問弁護士が対応するということがとても有用だと考えています。
なお、利用者側との話し合いの場合に、実施に弁護士が同席するかどうかはケースバイケースです。
弁護士が同席することで、家族の感情を刺激する場合もあるからです。
7 訴訟
それでも利用者側が納得せず、訴訟を提起した場合には、これに対応せざるを得ません。
【弁護士からみたポイント】
訴訟になった場合、判決が下るまで、1年以上かかることが予想されます。
その間にかかる時間・労力は大きいですし、施設長・所長、職員の精神的負担も、事業所にとっては損失です。
ですので、できる限り訴訟は回避すべきです。
なお、訴訟になった場合でも、保険会社は自動的に弁護士を準備してくれるわけではありません。
ですので、やはり、顧問弁護士と契約を結んでおいて、早い段階から弁護士を入れ、顧問弁護士がそのまま訴訟にも対応するということがとても有用だと考えています。
訴訟になったときの流れについては、別途、ご説明しています。
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8 介護職員に対するメンタルヘルス
最後に、介護事故を起こしてしまった介護職員に対するメンタルヘルスの問題があります。
職員に対しては、介護事故はやむを得ず起こってしまうこと、自分を責めたりすることのないよう、声かけをした方がよいでしょう。
特に、職員を叱責するような対応は避けるべきです。
【弁護士からみたポイント】
経営側としては、労働者である介護職員に対して、精神的に安定した状態で働けるよう配慮する義務を負っていることを、常に意識する必要があります。
いわゆる労働者に対する安全配慮義務です。
もし、介護事故を起こしてしまった介護職員に対して激高して叱責などしてしまった場合、そのことでその介護職員がショックを受け、職場に出てこれなくなり、退職してしまうことも考えられます。
そうなると、その介護職員が弁護士を雇って、安全配慮義務違反で訴えてくるリスクさえあります。
このように、介護事故が起こった場合には、利用者に対してのみならず、介護職員に対しても、気を遣う必要があります。