介護現場におけるハラスメント

【ケース】

訪問介護の利用者が、女性職員に対して、お尻を触ってきます。

また、これを断ると、大声で怒鳴ってきます。

どのように対応したらよいでしょうか。

【介護現場におけるハラスメント対策マニュアル】

近時、利用者・家族からの、介護職員に対する暴言、暴力、セクハラ、理不尽な要求のケース増えており、社会問題化しています。

そこで、厚生労働省において、平成31年3月、介護現場におけるハラスメント対策マニュアル(株式会社三菱総合研究所作成。以下「厚労省マニュアル」といいます)が作成されました。

厚労省マニュアルは非常によくできており、ハラスメントの実態、対策の必要性、事業者の取り組み、などが説明してあります。

以下では、厚労省マニュアルを踏まえたうえで、ハラスメントを放置するリスクハラスメントへの対策について述べていきます。

【ハラスメントを放置するリスク】

【弁護士からみたポイント】

介護職員が利用者・家族からハラスメントを受けているのに、事業者がこれに対応しなかった場合のリスクは以下のようなものが考えられます。

① まず、離職という経営上のリスク

利用者・家族からハラスメントを受けてけがや病気になり、介護職員が離職してしまうリスクがあります。

ただでさえ人材不足のところ、大切な職員が流出してしまうリスクがあります。

② つぎに、離職後に安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求されるリスク

事業者は、介護職員に対して、労働契約上、生命、身体、メンタルの安全に配慮する義務を負っています。

介護職員が、利用者・家族からハラスメントを受け、メンタルヘルスを害して離職した場合、安全配慮義務違反を理由に、治療費、休業損害、逸失利益、慰謝料などで数百万円の損害賠償請求をされるリスクがあります。

よって、事業者としては、利用者・家族からのハラスメントを放置すべきではありません

【ハラスメントへの対策】

厚労省マニュアルでは、

①ハラスメント対応マニュアルを作成する、②介護職員が相談しやすい窓口を設置する、③ 担当者を変える、④2人以上で対応する、⑤介護サービスのを上げる、

などの対策が説明されています。

以下では、厚労省マニュアルを踏まえたうえで、ハラスメントへの対策を述べていきます。

【弁護士からみたポイント】

① 理不尽な要求やクレームの場合、対応の窓口を弁護士にする

弁護士が法律の専門家であることは一般的に知られていますので、対応の窓口を弁護士にしただけで要求やクレームがトーンダウンしていくことは多いです。

このように、対応の窓口を顧問弁護士にアウトソーシングすることで、事業所の負担はかなり軽減されると思います。

なお、このように事業者を代理して対応することは、日本の法律では弁護士しかできません(弁護士法72条)。

② 契約時に、ハラスメントを許さないこと、解除がありうることを説明する

契約時にあらかじめ、ハラスメントを許さないこと、ハラスメントが止まらない場合、契約の解除もありうることを、利用者・家族に口頭で説明しておくべきです。

③ 契約時、契約書の解除条項を工夫する

契約書の書式に手を加えて、契約時に交わす契約書の解除条項に、ハラスメントの具体例例示しておきます。

たとえば、たたく、怒鳴る、ひわいなことを言う、介護サービス外のサービスを要求する、などの行為を例示しておきます。

そして、注意してもハラスメントが止まらず、継続的なサービスの提供が困難になったときは、契約を解除することができるという定めを置いておきます。

これにより、いざというときの契約の解除はしやすくなるでしょう。

 ハラスメントを記録する

利用者のハラスメントを把握したら、特別の記録をつくり、詳細に記録していくべきです。

たとえば、「〇月〇日〇時、自宅を訪問したところ、利用者の夫がリビングにいた。業務を開始してしばらくして、夫が、自分の食事もついでに作ってほしいと言い出した。サービス外なのでできない旨を伝えたところ、「頭が固い」「お金払ってるのに」と怒鳴られた。」
などといった具合です。

これにより、管理者や介護職員の間で情報を共有することができます。

また、このような記録が、契約を解除する場合に、その解除に正当な理由があることの証拠になっていきます。

 契約の解除はステップを踏む必要がある

介護サービス契約は、信頼関係を基礎とした継続的契約です。

よって、契約を解除するためには、その信頼関係が破壊されて、継続的なサービス提供が困難になった、といえる必要があります。

また、利用者が認知症の場合、症状として易怒性性的逸脱などがもともとあるため、そのことにも配慮する必要があります。

この点は、運営に関する基準でも、正当な理由なくサービス提供を拒んではならないとされているところです (指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準第4条の2など) 。

そこで、契約の解除はステップを踏む必要があります

具体的には、まずは、ハラスメントを止めるよう注意する、担当職員を変える、2人以上で対応する、同性が対応する、などのステップを踏む必要があります。

つぎに、利用者・家族と話し合いの場を持つ、などのステップを踏む必要があります。

そのようなステップを踏んでハラスメントが続く場合にはじめて解除が認められることになります。

そのようなステップを踏まずに、一方的に契約を解除してしまうと、訴訟で争われた場合、解除は無効として、事業者側が負けてしまうことは十分予想されるところです。

この点、障害者支援施設の事例ですが、大阪地裁堺支部平成26年5月8日判決は、施設がした一方的な解除を無効と判断しています。

⑥ 施設系サービスの場合は、契約の解除は慎重にならざるをえない

特別養護老人ホームなどの施設系サービスの場合、サービスが利用者の生活の拠点となっています。

よって、契約の解除は、高齢者である利用者の生活の拠点を失わせることになるため、契約の解除は慎重にならざるをえません。

また、施設系サービスの場合、契約を解除したとしても、すぐに施設から退去してもらえるとは限りません。

少なくとも受け入れ先を調整する必要がありますし、どうしても退去してもらえない場合は強制執行などの法的措置が必要になります。

その間、介護保険は使えないので、事業者としては、退去してもらえないまま、介護報酬も受け取れないというリスクを抱えることになります。

よって、施設系サービスの場合、居宅系サービスと比べると、契約の解除は慎重にならざるをえないと思います。

解除する場合は、最悪の場合、法的措置も視野に入れて、弁護士と相談しながら決めた方がよいでしょう。